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執筆者の写真Asian Commons

アジア法律家交流会第4回目 「台湾のジェンダー問題に関する勉強会」


2022年7月25日、アジアの弁護士や専門家が情報交換や知識を共有することを目的とした東京大学主催のオンライン交流会にALNのメンバーが参加しました。第4回目は、台湾の郭怡青弁護士を講師に招き、台湾におけるジェンダー平等に関する法律などについて話して頂きました。郭氏は現在、台湾人権促進会に所属し、台湾で最も歴史の長いジェンダー関連運動をしているNGO団体とも連携しており、女性の人権についても幅広く活動を行っています。以下は、郭氏による講義内容と質疑応答の内容をまとめたものです。


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講義


「台湾のジェンダー平等の法律、その経緯と現状」


1. 台湾のジェンダー平等の現在の立ち位置について

国連と世界経済フォーラムのジェンダー平等ランキングでは、中国は国連に加盟しているが、台湾としての数値は明記されていない。その為、国連が算出した公式データを元に台湾政府が台湾のデータを算出。下記データを見るとかなり上位にいるのがわかる。


2. 1985年から現在までのジェンダーに関する立法の経緯

ジェンダーの法律については、1985年の民法修正が一番大きな影響を及ぼしているのではないだろうか。内容としては、夫婦別姓、離婚時の親権の平等などがある。


1995年 未成年風俗業防止条例

1997年 性暴力犯罪防止法

1998年 DV防止法

1999年 刑法性暴力強制わいせつについての法改正

2002年 男女労働平等法

2004年 ジェンダー平等教育法

2005年 セクハラ防止法

2009年 人身売買防止法

2011年 女子差別撤廃条約施行法

2019年 司法院釈字第748号解釈施行法(いわゆる同性婚法)

2021年 ストーカー防止法


3. 2005年 差別撤廃条約(CEDAW)について

2005年前までは「女性政策」という政策があったが、2005年に差別撤廃条約(CEDAW)が執行され、「男女」や「女性の権利」という言葉ではなく、「ジェンダーの平等」と呼ぶなど、性別主流化(Gender Mainstreaming)がなされた。


4. 女性の政治参加について

1999年、地方制度法により、市町村で1/4の女性議員の席が保証され、2005年からは全国比例区の50%の女性議員が保証されるようになり、それ以降女性議員がどんどん増えている。


2019年時点、台湾中央立法だけで女性議員が39.8%占めており、アジア諸国内ではかなり高い割合を示している。蔡英文さんが女性の総統としてだけではなく、政治二世等の政治的バックボーンを持たずに総統になったアジア初の人物として素晴らしい存在だと思う。しかし、現在の内閣の大臣には女性大臣が少なすぎることで国民から批判がでている。現時点では、改善の兆しがないのが残念である。


5. 國父記念前のデモ

1987年、國父記念に雇用された女性たちは結婚したら解雇されるという決まりがあり、これを差別だとする人々によるデモが起こった。そして、男女平等法の立法申し入れがあり、後に男女平等から「ジェンダー」に改修されると共に内容も変更された。


6. 華西街大遊行

1987から88年、國父記念前デモとほぼ同時期に、台湾の未成年、強制セクシャルワーカー、そして人身売買被害者を支援するグループがデモを行った。この運動から生まれたのが、キリスト教由来の勵馨(リシン)基金会であり、現在も活動を行っている。この風俗業の歓楽街でデモをした事に大きな意味がある。そしてこの運動がきっかけとなって作られた「売春基本法」が、後に「性的搾取禁止条例」となっていった。


勵馨(リシン)基金会→ https://www.goh.org.tw/



7. DV防止法

1993年、鄧如雯さん殺人事件が起きた。さんは、若い年齢にも関わらず母親に無も理やり結婚させられ、その夫からのDVに苦しんでいた。ある日、DVから自分を守るために反撃した結果、その夫を殺してしまった。DVから逃げるために夫を殺さなければならないのは不条理だ、と社会問題になった。さんは、無罪は免れなかったものの、懲役3年の刑を終えて、現在は普通に暮らしている。この事件がきっかけでDV防止法ができた。


8. セクハラ反対運動

1994年に4つのセクハラ事件が発生。これが「薔薇の戦い」というドキュメンタリーになり、社会的に大きな反響があった。


9. 性暴力犯罪防止法成立

1996年、衝撃的な事件が起きた。危機管理事務局長で民進党の副長だった彭婉如(ペイワンルゥ)さんは、国会の会期中だった。しかし、帰宅のタクシーに乗ってから行方不明になり、その後性暴力を受けた後、残酷に殺害された。犯人は現在も捕まっていない。


この事件を機に性暴力犯罪防止法が成立した。性暴力犯罪防止法とは、被害者を守る法律である。被害者を診た医師や相談を受けた教師は、必ず警察に通報する義務がある。また、被害者には必ずソーシャルワーカーが付き、警察でのソーシャルワーカーの付き添いを必須とする。被害者のプライバシーを考慮し、公開裁判は行わない。警察の捜査も、常に被害者の気持ちに配慮をしながら進めていかなければならない。加害者への治療もあるが、この法律はより被害者に寄り添った法律である。


10. ジェンダー平等教育の基盤のきっかけ

2000年、永鋕(エイシ)君は中学校のトイレで殺された。永鋕君は普段から女っぽい、女々しいlと中学校の同級生にいじめられていた。トイレでもいじめられるため、毎回、一人でトイレに行ける授業中にトイレに行くしかなかった。そんなある日、授業中にトイレに行ったまま行方不明になったが、間もなく、トイレで永鋕君が殺害され倒れているのが発見された。しかし、学校側はトイレを掃除してしまったため、殺害の証拠や経緯がわからなくなってしまった。


永鋕君の母親は、「女性らしさ」「男性らしさ」など、ジェンダーのせいでいじめが起こるなら法律を作るべきだ、と国に対して賠償訴訟を起こした。そして、この動きがジェンダー平等の法律のジェンダー平等教育基盤になっている。


11. 司法解釈第748項 同性婚法

2019年、同性愛同志が結婚できる「司法解釈第748項 同性婚法」が成立した。台湾には、最高裁の他に、憲法裁判所という別の機関がある。同性婚ができないのは第748項の憲法違反になるということで、憲法裁判所の憲法解釈会議でこの法律の名前が作られた。同性婚については、憲法違反ではないと結論が裁判では出ているが、国民の間では様々な意見がある。


本来なら、「同性婚姻法」という名前で良いはずだが、保守的反対派は「婚姻」という言葉は絶対に使わせたくない。代わりに、パートナーシップ法と呼び、「婚姻」使用賛成派と対立している。最終的に名前が決まらず、この解釈の名前が法律名となった。この名前の経緯からも、社会的対立の激しさが伺える。


12. プライドパレード

台湾では、毎年10月の最終週に数万人以上の規模の大きなLGBTQパレードが行われる。


13. ストーカー防止法

ストーカー防止法については、8、9年ほど議論されていた。理由としては、警察がストーカー防止法について消極的だったことがあげられる。ストーカーのような小さな事件に人員や時間を割く余裕は警察にはないという姿勢を保ち続けていたからだ。しかし、女子大生がストーキングされて殺害された事件と、携帯販売店で女性が殺害された事件をきっかけに、ストーカー防止法が可決された。特に、携帯販売店の事件の影響は大きい。もともと被害者の女性は仕事中にセクハラをされて警察に通報しており、その際にセクハラ防止法で加害者は罰金刑まで受けていたにも関わらず、ストーカー行為をやめなかった。その結果、被害者は車で轢かれて殺害された。セクハラ防止法だけでは対応が足りていないのでは、との懸念から、警察の消極的な姿勢は押し切られ、ストーカー防止法は実地された。


14. 台湾のジェンダー平等運動が成功した5つの理由

1. 市民社会のNGOやNPOが精力的に取り組み、政府へ訴えかけている。

2. 若者に政治参加への機会が大きく開かれている。

3. 2000年に台湾で初の政権交代を勝ち取った民進党が、民法改正以来の革新的な政治成績を残すために、積極的にジェンダー平等について動いている。

4. 学校教育において多様性が大事にされ、社会での対応性を子供が学んでいる。

5. 台湾の司法はきちんと独立しており、憲法に基づいて判断されている。司法はかなり大きな役割を果たしている。


15. 台湾のジェンダー平等はまだ発展途中である

経済面については、性別によって経済格差があり、賃金は女性の方が低い また、大企業の役員クラスには女性がほとんどいない。


トランスジェンダーについては、転換手術をしなくてもジェンダーを変更できるという法律はまだない。


そして、同性の国際結婚については、相手の国も台湾と同様、同性婚が認められていなければ、台湾での同性婚は不可である。しかし、世界的にも同性婚を認めている国は20数か国しかないため、もどかしいところである。また、同性愛者の夫婦には、不妊治療や養子縁組が認められていない。保守的反対派は、子供をつくる社会的医療の適応に反対の意を示している。


また、移民の問題もある。台湾には東南アジア系の移民が多く、移民との結婚も多い。そのため、言語の違いやマイノリティであることが理由によるセクハラ被害も多いが、言葉の壁で助けを求めにくいのが現状だ。

16. ジェンダー平等に関するネット上の誹謗中傷

性暴力にはたくさん種類があるが、台湾ではDV、セクハラ、強姦には法律がある。しかし、ネット上の誹謗中傷に関しては、まだ法律ができていない。世界的には、民族や宗教がネット上の誹謗中傷の対象としてよく例にあげられるが、台湾で多いのはジェンダー平等への反発。時には、誹謗中傷がヘイトスピーチに繋がることもある。


17. 最近のジェンダー平等の課題

台湾では、若い夫婦間の共働きが増えているが、女性だけが子供の世話や家事を押し付けられている。また、ジェンダー労働平等法もあるが、雇用状況も厳しい状況にある。休暇を取る法律はあるが、雇用主から休みの許可が得られない、保育施設の不足、そして、子供の面倒を見るのは女性の役目だという風潮もあり、家庭を持つ92%の母親たちが逃げ出したいと考えており、女性の生きづらさに複数の要因があるのがわかる。


18. 出産に対する男尊女卑の思考

長期にわたる問題であるが、生まれた子供の男女比例は、国連によると女性と男性で1.05だ。しかし、実際には台湾の比例は2.5で、男の子が欲しいとされ、男尊女卑の考えが根強く残っている。


19. 台湾歴史ツアーが作成した台湾女性史リンク



質疑応答


【質問1】

蔡英文さんの内閣はどうして女性が少ないのですか?


【応答】

蔡英文さんは、民進党の派閥のバランスを考慮しているのではないか。実際、民進党の中でも女性への反発は多く、どうしても主要の派閥を内閣に入れなければならなかったのでは、と推測される。本当のことは本人しか知りえない。


【質問2】

移民への差別があるが、ほかの外国人と比べて、中国大陸からの移民に対して特に差別が強いと聞きますが、なぜですか?


【応答】

確かに、中国大陸からの結婚移民に対しての差別は、他の移民に対してより強い現状がある。ベトナムやインドネシアのように組織を作って主張してきた移民と比べ、中国大陸の移民の人達は法律的にも自分たちの権利を主張する組織を立ち上げることができなかったことが原因となっているのではないか。それに加えて、大陸における武力の強化が、より緊張関係を持たせている。この状況が戸籍取得の緩和を難しくしているのではないか。また、議員もそういった声を上げにくい状況なのだろう。


【質問3】

生まれる子供は男の子がいいという考えは、なぜそんなに根強いのですか?


【応答】

自分にとっても疑問であるが、少子化問題が大きな要因ではないだろうか。男の子がいないと家族ができないのでは、と今の若い夫婦の親世代の50~60代は考えているのではないか。


【質問4】

台湾人と外国人との同性婚について、台湾では相手の出身国も同性婚を認めてなければ結婚できないという法律であるが、数日前、台湾人と日本人が裁判で勝訴し同性婚ができた。つまり、司法が認めれば同性婚ができるという事ですか?


【応答】

国際的な同性婚は、当時から法改正も含めて、結婚できるようにするべきだと訴えられてきた。質問で出たような国際同性婚の裁判の勝訴の判決は、これで4回目である。国際同性婚を排除するのは違憲だと司法はほぼ判断しているので、こういった判例を弁護団が頑張って勝訴を取り、増やしていくことが先に繋がると思う。また、台湾では偽装結婚が多いため、国際同性婚には反移民的な考えを持つ人たちが反発する懸念があるからではないかと思う。


【質問5】

刑法の中で性犯罪問題になっている「合意なしの性行為」についてだが、「積極的な同意」とはどのような基準なのでしょうか。


【応答】

台湾の刑法では積極的な同意は必要ではなく、「意思に反する」と定められている。積極的な同意が必要で、それがないとレイプになると私たちは主張していますが、それは刑法学者にも受け入れてもらえず、何年もかかっている。刑法の範囲も、広すぎないかと考えている。「毎回同意が必要なの?」「サインが必要なの?」という一般人の懸念も広がり、これも長期の問題になっている理由だと思う。


【質問6】

成立してまだ浅いですが、ストーカー防止法での司法判例は出ていますか?


【応答】

まだ出ていない。


【質問7】

セクハラ防止法にはいくつかの法律に範囲が重なっていますが、実際、セクハラについてはどの法律をどうやって使い分けて適用していますか?


【応答】

これは、よくわかっていない弁護士も多いがざっくり言うと、下記のようになる。


ジェンダー労働平等法 : 職場の場合

ジェンダー教育平等法 : 学校での場合

セクハラ防止法 : 職場でも学校でもない場合


【質問8】

性犯罪の基準をめぐって女性団体と刑法学会、それ以外のぶつかり合い、また学会内部の対立等はありますか?


【応答】

弁護士としては、犯人の弁護をすることもあるので悩むことがある。有罪判決を出すのはいいのかと悩むことがある。恋人との間のレイプ事件がたくさんあり、合意だったと信じ込んでいた被告が多く、無罪になっている。これは、裁判官にジェンダー意識がないのではなく、性犯罪は懲役3年と刑が重いためだ。勘違いによって被告に懲役3年以上の判決を出すという事が、裁判官にはとても重い判断となっている。その為、量刑を軽くするような案も出ている。また、本当にただの勘違いだった場合、罰金にするなど、教訓を出すようにしたりしている。積極的な同意があれば有罪判決は少なくなるが、被害者が救われないのも事実なので、やはり積極的同意の事実が必要だと思う。



台湾における性暴力や性犯罪の歴史を解りやすく解説頂き、とても実りのある回となりました。郭弁護士には、ストーカーをテーマにした8月2日開催の勉強会でも講義をして頂きましたので、今回の講義内容とともに、そちらの報告分もぜひご覧ください。

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